耳管狭窄症; 花粉症時期の耳管・中耳へ及ぼす症例; 花粉症後期中耳炎罹患; 小児SDBの ..


しばしば体内で再活性化するヒトヘルペス6型( HHV-6 ) ヒトのヘルペスウイルスは現在までに8 種類が発見されており、いずれのウイルスも初感染時にウイルスが増殖した後に増殖を停止し、ウイルス遺伝子が生涯保持される潜伏感染状態となります。この潜伏感染したウイルスは、何らかのきっかけで再び活動を開始し宿主の体内で増殖します。この現象を再活性化と呼び、ヘルペスウイルスの遺伝子活動によって自律的に行なわれる現象です。潜伏感染状態をとるウイルスは、レトロウイルスやアデノ随伴ウイルスなど、ヘルペスウイルス以外にもありますが、自律的に再活性化を生じるのはヘルペスウイルスのみです。 神経節で潜伏感染を生じるα-ヘルペスウイルス、マクロファージ系細胞で潜伏感染するβ-ヘルペスウイルス、B 細胞で潜伏感染し発癌性を有するγ-ヘルペスウイルスの3 つのグループに大別されます。ヘルペスウイルスは、同じ科に属するとは思えないほど、遺伝子の大きさや構造が多様です。また,潜伏感染・再活性化の機構も、不明な点が多いものの、グループごとに別々の機序を持つことが判っています。遺伝子構造や潜伏感染の機序が異なるにも関わらず、潜伏感染・再活性化という共通点を持つことは、この性質がヘルペスウイルスの生存にとって非常に重要であることを示しています1)。 「疲れるとヘルペスが出る」という事は良く聞かれますが、これは疲労時に単純ヘルペスウイルス 1 型(herpes simplex virus type 1 : HSV-1)の再活性化が生じることを示しています。この現象は一般に、疲労によって免疫力が低下するために、ヘルペスウイルスが再活性化するために生じると説明されてきました。ヘルペスウイルスの再活性化に関しては、免疫抑制状態の患者から再活性化ウイルスが高頻度で検出されることから、「免疫抑制が再活性化を誘導する」という説明がなされてきました。実はこの現象は再活性化したウイルスが免疫抑制状態では増殖し易いために観察されるのであり、ヘルペスウイルスの再活性化はむしろサイトカインの過剰産生によって誘導される傾向があることが解ってきました1)。 さて、ヒトヘルペス6型(HHV-6 )は,β-ヘルペスウイルスに属し、ほとんどの人で1 歳半までに初感染を生じ突発性発疹の原因となります。マクロファージと脳内において潜伏感染を生じ、小児期での再活性化は熱性痙攣の原因となります。実は、HHV-6 には世界中に広く分布し、突発性発疹の原因となるHHV-6 variant B(HHV-6B)と、最初のHHV-6 として分離されましたが、疾患との関わりが未だ確定しておらず、感染者の数もHHV-6B より少数であるHHV-6 variant A がありますが、通常、特に断らない限りHHV-6 はHHV-6B のことを指します2)。 近藤らの研究で、HHV-6は過度の就労で容易に再活性化して唾液中のウイルス量が増加し、休息により速やかにウイルス量が減少することからHHV-6 は現代人が抱える仕事のストレスによる疲労刺激で簡単に再活性化する性質を明らかにしました。HHV-6 の生存の戦略という観点からは、HHV-6 が仕事のストレスが中期的・長期的に続いて疲労している宿主の生存の危険を察知し、再活性化によって増殖し、他の宿主に移ることによって、自身の生存の確率を高くしているのだと推論しました。ヘルペスウイルスが、何らかのストレスによって生存の危機に立たされた宿主から再活性化という形で逃げ出す様は、船が沈む際に危険を察知していち早く逃げ出すネズミの様子を連想させる、と述べています1)。 このようにしばしば体内でHHV-6が増加して問題はないのでしょうか? 骨髄移植患者の70 %においてHHV-6 の再活性化が起こるといわれていますが、特別な症状はないようです。一部の人に、骨髄抑制、移植片対宿主病(graft-versus-host disease: GVHD)、脳炎、胃腸炎などが起こると報告されており、骨髄移植後の重要な病原体の一つとして注意されつつあります。ほかの実質臓器移植後のHHV-6 の再活性化も報告されており、30 %の腎臓移植後患者おいてHHV-6 の再活性化がおこり、その一部が 移植拒絶への関与も疑われています。またHHV-6 は最初AIDS 患者から分離されたウイルスであり、AIDS との関連はこれまで常に注目されてきています。HHV-6 の感染によってHIV のLTR プロモーターが活性化し,HIV 感染増殖が促進すると同時に、HHV-6 の感染によってCD4 分子の転写が促進され、HIV がより感染しやすくなるという報告もあります。その他、AIDS 患者では、HHV-6 感染によって重篤な肺炎、網膜炎、中枢神経系の損傷を引き起こしたケースも報告されています。その他、HHV-6 と口腔癌、慢性疲労症候群、多発性硬化症、薬性過敏症などの疾患との関連性も認識されつつあります。HHV-6の再活性化ですぐ症状が出るわけではありませんが、時々人に悪さをしている感じです2)。 薬剤過敏症症候群(Drug-induced hypersensitivity syndrome: DIHS)はある特定の薬剤を長期間摂取した後に発症する重症薬疹で、その本体は薬剤による免疫抑制から復活する過程の免疫再構築症候群と考えらえています。DIHS の特徴的所見としてHHV-6 がまず再活性化し(82%と言われています)、その後潜伏しているヘルペスウイルスグループのEBV(Epstein Barr virus)や CMV(cytomegalovirus)が次々に再活性化することです。これらのヘルペスウイルス属は同時に検出されるわけではなく、交代しながら順次検出されていきます。まるで各ウイルス群に連絡網があるかの如くです3)4)。 HHV-6の再活性化は直接的な病原性もさることながら、他のヘルペスウイルスグループに影響を与えて間接的に人に影響を与えている可能性もあります。 近年、生まれながらに染色体にHHV-6が組み込まれた (chromosomally integrated HHV-6 : CI-HHV-6)人がいることが報告されました。遺伝的に親から子に受け継がれたものと思われますが、現在までの報告では,約 1 %の健常人において CI-HHV-6 が認められます。これらの人は全有核細胞からHHV-6が検出され、しかもウイルス量が他の人に比べて多いことがわかってきました。さらに通常のHHV-6と同様に特定の条件下で再活性化することも解ってきました。しかし、生まれながらにHHV-6の遺伝子が組み込まれたことでどのような疾患に罹りやすいか?どのような不利益を被るかは現在研究中で不明な点が多いです5)。 全人口の約95%にHHV-6が潜伏感染しているとされています。私たちはHHV-6を再活性化させないように、一生うまく付き合っていかなければなりません。HHV-6は、私たち宿主が危機であると感じると、再活性化して増殖し、他の宿主に乗り換えようとするので、宿主の危機と察知されないようにする。例えば、極度の疲労をさける、余計な薬をのまない、ストレスを溜め込まない、というような努力をしなければいけません。私たちはHHV-6のご機嫌を伺いながら生きていかないといけないのです6)7)。 令和3年12月28日菊池中央病院 中川 義久 参考文献 近藤 一博:ヘルペスウイルス感染と疲労 . ウイルス 2005 ; 55 ; 9 – 18 . 湯 華民:ヒトヘルペスウイルス 6とヒトヘルペスウイルス 7(HHV-6, HHV-7) . ウイルス 2010 ; 60 ; 221 – 236 . 橋本 公二:薬剤過敏症候群とヒトヘルペス6 . モダンメデイア 2010 ; 56 ; 305 – 310 . 薬剤性過敏症症候群は免疫再構築症候群 森 康子ら:HHV-6 . 日本医師会雑誌 2020 ; 149 ; 1246 . ヒトヘルペス6型―突発性発疹、熱性痙攣、慢性疲労症候群からうつ病まで ニコラス・レガシュ著 二階堂 行彦訳 : 襲いくるウイルスHHV-6 ? 体内に潜む見えない侵入者を追う ? . ニュートンプレス , 東京 , 2000 .


性中耳炎に対しては,マクロライド系抗菌薬投与(クラリスロマイシン:CAM少量長期投与療 ..

致死的上気道炎-メトロニダゾールを使用?ー 急性咽頭炎(上気道炎)はその起炎微生物として大半がウイルスおよび、ごく少数が細菌と考えられています。しかし,この 2つの起炎微生物を局所所見のみで的確に鑑別するのは実際には困難で、A 群 β 溶血性連鎖球菌(以下 A 群 β溶連菌)迅速抗原検査または細菌培養検査の結果あるいは血液生化学検査の結果をもとに鑑別するようになります。しかし、日常の診療で急性上気道炎の患者さんにこれらの検査を行うのは非現実的です。 「微生物薬適正使用の手引き」においては表1に示すごときRed flag がなく、A群β溶連菌の迅速抗原検査または細菌培養検査が陰性の場合には抗菌薬治療が不要であり、Red flag が陽性の場合には精査が必要と記載されています1)。しかし、葛原らのPCRを用いた検討では、細菌単独感染は43.8%、混合感染が10%,ウイルス単独感染が8.8%であり、従来考えられているよりはウイルス感染より細菌感染が多いのではないかと報告しています1)。細菌が関与した上気道感染症の原因菌としてはやはり、A群β溶連菌が約15%を占め、その他,C群およびG群β溶連菌が多く、連鎖球菌群が大半を占めると報告されています2)。したがってペニシリンをはじめとしたβラクタム剤の投与が推奨されています2)。しかし、一部にはβラクタム剤の投与にもかかわらず、病状が進行して致死的な上気道炎3)となることがあり、その一つがレミエール症候群(Lemierre 症候群)です。 レミエール症候群は抗菌薬の普及により「forgotten disease」と言われるまで発症率は減少していましたが、耐性菌の増加や咽頭炎に対する抗菌薬の使用率が減少したためか、近年になり報告数は増加傾向です。咽喉頭領域の先行感染(多くはいわゆる上気道炎)の後に内頸静脈の血栓性静脈炎を併発し、そこから菌が血中に侵入し菌血症をおこし肺を初めとした全身の膿瘍形成をきたす重症で致死的な感染症です4)。診断基準は確立されたものはありませんが、Sinave の診断基準では ①先行する嫌気性菌による口腔咽頭部の感染 ② 少なくとも1回の血液培養陽性が認められる敗血症 ③ 内頸静脈の感染性血栓症 ④ 1ヵ所以上の遠隔感染巣,の4項目すべてを満たすものとされています5)。レミニール症候群の原因菌の大半はフソバクテリウム・ネクロホラム(Fusobacterium necrophorum)(以下 F.ネクロホラム)という嫌気性菌です。嫌気性菌であるために培養が難しく、もちろん簡易迅速検査もないため今まで上気道炎の原因として考えられることはありませんでした4)。しかし、2015年以降、上気道炎の原因菌として F.ネクロホラムを重要視する論文が相次いで報告され、近年のPCRを用いた単施設の研究ではF.ネクロホラムは若年の咽頭炎の原因菌としてA群溶連菌と同程度の頻度であったと報告されています6)。F.ネクロホラムはβラクタマーゼを産生するものがあり、βラクタム剤を使用する場合はβラクタマーゼ阻害剤との合剤、もしくはカルバペネム系抗菌薬の使用が考慮されます。しかし、最も有効なのはメトロニダゾールであり、口腔内連鎖球菌もカバーする目的でセフトリアキソンとメトロニダゾールの併用がよく用いられます。クリンダマイシンはin vitroでメトロニダゾールより抗菌活性が劣っていたと報告されています6)。 メトロニダゾールは通常あまり使用する抗菌剤ではありませんが、菌体または原虫内で還元されてニトロソ化合物となります。このニトロソ化合物が、嫌気性菌または原虫に対して強い抗菌活性や抗原虫活性を有します。特に嫌気性菌感染には効果を発揮し、クロストリジウム・ディフィシルによる感染性腸炎や破傷風には第一選択として使用されます7)。メトロニダゾールの経口吸収率はほぼ 100%です。そのため点滴静注用は内服困難な症例に適応は限られるとして良いでしょう。メトロニダゾールは抗結核作用があり、低酸素状況になると通常の抗結核薬やキノロンよりむしろメトロニダゾールのほうが抗結核作用が顕著になるそうです。そのため肺炎の診断でメトロニダゾールを使用した結果、結核の診断が遅れてしまった例も報告されています6)。臨床試験では 36.8%と比較的多い副作用が認められていることに注意すべきです。主な副作用は下痢(23.7%)、悪心(5.3%) などで、重大な副作用は中枢神経障害、末梢神経障害、無菌性髄膜炎、中毒性表皮壊死融解症、皮膚粘膜眼症候群、急性膵炎、白血球減少、好中球減少が報告されています。このなかでも稀ですが(頻度不明)メトロニダゾール脳症が特徴的で注意すべき副作用です。疑わないと診断が不可能とされています。 咽頭痛は救急外来を受診する理由の中で最も多いものの1つで人口10万人あたり毎日69人が受診しているとされています6)。大半がウイルス性で抗生剤は不要と言われてきましたが、PCRによる最近の検討では想定以上に細菌性が多く、F.ネクロホラムを想定するとペニシリン単独ではなく、βラクタマーゼ阻害剤合剤の方が良いかもしれません。 令和4年2月21日菊池中央病院 中川 義久 参考文献1)宇野 芳史:急性咽頭炎,急性扁桃炎の抗菌薬治療を考える―薬剤耐性(AMR)菌時代の適切な抗菌薬治療― . 日耳鼻感染症エアロゾル会誌 2020 ; 83 ; 184 – 192 .2)山城 清二:成人気道感染症診療の基本的考え方 . 日内会誌 2009 : 98 ; 424 – 428 .3)内藤 亮:Lemierre 症候群の 1 例 . 日呼吸誌 2011 ; 49 ; 449 – 453 .4)致死的上気道炎―レミニール症候群―5)冨岡 亮太ら:当院で経験したレミエール症候群の1例 . 口咽科 2017 ; 30 ; 257 – 260 .6)岡本 耕:レミニール症候群とkiller sore throat . 日内会誌 2021 ; 110 ; 1803 – 1807 .7)メトロニダゾール点滴静注

誤嚥性肺炎で嫌気性菌は意外と少ない 肺炎は社会の高齢化を反映してその死亡者数は徐々に増加し、2011 年に初めて本邦の死亡原因の第 3位となりました。肺炎による死亡者の 95% 以上が 65 歳以上の高齢者で、入院を要する肺炎患者のうち、60 歳代では約 50% が誤嚥性肺炎で、さらに、年代が上昇するごとにその割合は上昇すると報告されています。高齢者肺炎や誤嚥性肺炎の治療は現在でも重要な課題となっております。 誤嚥(Aspiration)とは雑菌を含む唾液などの口腔・咽頭内容物,食物、まれに胃内容物を気道内に吸引することで、結果として生じる肺炎です。誤嚥性肺炎(広義)は,臨床上おおまかにAspiration pneumonia(狭義の誤嚥性肺炎)とAspiration pneumonitis(誤嚥性肺障害:メンデルソン症候群も含む)に分けられますが、両者はオーバーラップする事もあります。 文献1)より転載 高齢者の肺炎の多くはAspiration pneumonia(狭義の誤嚥性肺炎)であり,その危険因子として最も重要なものは脳血管障害などに併発しやすい不顕性誤嚥です。肺炎を繰り返す高齢者の多くは、不顕性誤嚥によって口腔内雑菌を気管や肺に吸引し、肺炎を発症するのではないかと考えられています1)。通常、口腔・咽頭内容物が気道内に侵入すると、健常人では激しい咳によってこれを排除しようとする咳反射が働きますが、肺炎を繰り返す高齢者ではこの咳反射の低下もしばしば認められます。不顕性誤嚥は、脳血管障害の中でも特に日本人に多い大脳基底核病変を有している人に多く認められます。大脳基底核は穿通枝領域にあり,もともと脳梗塞を起こしやすい部位ですが、その障害はこの部位にある黒質線条体から産生されるドーパミンを減少させます。ドーパミン産生の減少は、迷走神経知覚枝から咽頭や喉頭・気管の粘膜に放出されるサブスタンスP(以下SP)の量を減少させます。SPは嚥下反射および咳反射の重要なトリガー(引き金)であるためSPの減少は嚥下反射と咳反射を低下させます。実際に、繰り返し肺炎を起こす高齢者から得られた喀痰中のSPの量は,健常人に比べて減少していることも報告されています1)。特に、嚥下反射は夜間に低下しやすく、高齢者の肺炎の多くは夜間に始まるのではないかと考えられています1)。しかし、誤嚥性肺炎をはっきり診断する基準があるわけではなく概念的診断ともいえます。 誤嚥性肺炎の予防はやはり口腔内ケアが重要と考えられますが、欧米の多くの研究ではなかなか有意差をもってその有効性を証明するものがありませんが、chlorhexidine(ヒビテン)による口腔ケアの5 つの meta-analysis では、口腔ケアは肺炎予防に有用(odds ratio、0.4-0.6)でしたが、ヒビテンの誤嚥には注意するように記載されていました2)。また、8,693 人の meta-analysis で ACE 拮抗剤使用は誤嚥リスクを軽減したとのデータ(Odds ratio 0.6)がありました。ACE 拮抗剤による substance P 上昇によるのではと言われています。なお Cilostazol(プレタール)も脳卒中後の肺炎予防に効果あるかもしれないとのことです。 近年、感染症の原因菌検索においても分子生物学的手法が用いられるようになり、従来の培養法に比べてより高い検出率を示すことが報告されてきました。細菌のみが保有する 16S ribosomalRNA(rRNA)遺伝子を直接解析することで培養に依存せずに原因菌を網羅的に検索することが可能となりました3)。この検査法はまだ一般臨床では使用できませんが、様々な感染症の原因診断の研究に用いられるようになりました。 2000年代の誤嚥性肺炎の起炎微生物の検討では、これは喀痰培養による検討ですが、一位が嫌気性菌で、以下肺炎球菌、インフルエンザ菌、黄色ブドウ球菌、緑膿菌の順でした。そしてこれまで2位以下の起炎菌の順番が多少の入れ替わりはあっても、嫌気性菌が一番重要であることは変わりありませんでした4)。しかし迎らは、誤嚥性肺炎患者の気管支肺胞洗浄液の網羅的細菌叢解析法を用いて原因菌検索を行いました。細菌培養法と違い全例で原因菌が判明しました。それによると一番多かった原因菌は口腔内連鎖球菌で23.2%で、従来から一番多いとされてきた嫌気性菌は10%にとどまり、以下黄色ブドウ球菌7.3% 、緑膿菌9.8% でした。誤嚥性肺炎において、嫌気性菌の関与は従来考えられていたよりも少ない可能性があり、特に,高齢者の呼吸器感染症では嫌気性菌より口腔内連鎖球菌などの口腔内常在菌が重要である可能性があると報告しました3)。この起炎菌の変化は検体の採取法や検出法の変化に伴う結果と考えられますが、実際の起炎菌として嫌気性菌は減少しているとの意見もあります2)。また、肺膿瘍や膿胸、壊死性肺炎などの特殊な肺炎を除いては肺炎の起炎菌として嫌気性菌を考える必要はないのではという意見もあります2)。ちなみにここでいう嫌気性菌とは偏性嫌気性のことを指しており、好気性代謝ができず,酸素に対する耐性は菌種によって様々ですが基本的に酸素が苦手な細菌です。偏性嫌気性菌は,酸素に対する耐性によって以下のように分類されます。絶対(strict):0.5%未満の酸素にしか耐えられない。中等度(moderate):2~8%の酸素に耐えられる。耐気性嫌気性菌(aerotolerant anaerobes):大気中の酸素に一定時間耐えられる。感染症をよく引き起こす偏性嫌気性菌は,大気中の酸素に対して最低でも8 時間,しばしば72時間まで耐えることができるとされています。偏性嫌気性菌とそれらが起こす疾患としてかきのようなものがあります。グラム陰性嫌気性菌とそれらが引き起こす感染症としては,以下のものが挙げられるます:Bacteroides属(最もよくみられる):腹腔内感染症Fusobacterium属:膿瘍,創傷感染症,ならびに肺および頭蓋内感染症Porphyromonas属:誤嚥性肺炎および歯周炎Prevotella属:腹腔内および軟部組織感染症グラム陽性嫌気性菌とそれらが引き起こす感染症としては,以下のものが挙げられます:Actinomyces属:頭部,頸部,腹部,および骨盤内感染症ならびに誤嚥性肺炎(放線菌症)Clostridium属:C. perfringensによる腹腔内感染症(例,クロストリジウム壊死性腸炎),軟部組織感染症,およびガス壊疽、食中毒、ボツリヌス症および乳児ボツリヌス症、破傷風、偽膜性大腸炎。Peptostreptococcus属:口腔,呼吸器,および腹腔内感染症Propionibacterium:属:異物感染症(例,髄液シャント,人工関節,心臓用器具)などです。 肺炎全体から嫌気性菌の関与を見た場合、市中肺炎で15.6%、院内肺炎で9.8%に嫌気性菌が検出されており、市中肺炎の方がより高率に検出されたこと、一方で口腔内レンサ球菌に関しては,市中肺炎で9.4%、院内肺炎で23.2%と高い頻度で検出され、特に75歳以上の高齢者や全身状態が不良な患者において肺炎発症に重要な役割を果たしている可能性が報告されています。誤嚥性肺炎における第一優占菌種(各症例においてもっとも検出割合が高い菌種)としては,口腔レンサ球菌が検出され(誤嚥性肺炎群31.0%,非誤嚥性肺炎群14.7%)、一方,嫌気性菌に関しては、誤嚥性肺炎群6.0%、非誤嚥性肺炎群17.9%であり、誤嚥性肺炎群で嫌気性菌は多くはないと報告されています5)。 結論として、肺炎のなかで嫌気性の関与は従来よりいわれてきたよりはその頻度は少なく、誤嚥性肺炎より非誤嚥性肺炎のほうが頻度が高いものという可能性が考えられてきました。 令和4年4月20日菊池中央病院 中川義久 参考文献:1)大類 孝ら:感染症予防と対策 1.高齢者肺炎・誤嚥性肺炎 . 日内会誌 2010 ; 99 ; 2746 – 2751 . 2)Lionel A. Mandell et al : Aspiration Pneumonia . N Engl J Med 2019; 380:e403)迎 寛:肺炎診療:細菌叢解析でわかった新たな知見~呼吸器感染症における嫌気性菌の役割 . 日本化学療法学会誌 2016 ; 64 ; 647 – 651 .4)河合 伸:誤嚥性肺炎の予防と治療 . 日本呼吸ケア・リハビリテーション学会誌 2008 ; 18 ; 209 – 212 .5)赤田 憲太朗ら:誤嚥性肺炎の病態および原因菌について . 産業医科大学雑誌 2019 ; 41 ; 185 – 192 .

C型で,アレルギー性鼻炎に伴う耳管狭窄症と診断され抗アレルギー剤の内服治療を ..

オミクロン株は弱毒ウイルスではありません 厳しい入国制限、マスク着用の義務などを実施した香港、韓国、シンガポール、ニュージーランドなどは、これまで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の患者数と死亡者数が欧米に比べて格段に少ない国とされてきました。しかし、オミクロン株出現後にそれらの国で軒並み大規模な感染拡大が起き、新規患者数で欧米を上回るという予想もしなかった事態となりました。 文献1)より転載 図1 では,人口100万人当たりの1日の新規患者数を香港・韓国・日本と、フランス・米国で比較したものです。2022年3月4日に香港で8800例、3月17日に韓国で7900例の新規患者数となりましたが、これは2020年からのCOVID-19の全流行期間を通して1日の新規患者数としては世界1・2位の記録です。わが国の総人口、約1億2500万人に換算すると、1日に100万例前後という、非常に多数の患者が発生したことになります1)。 文献1)より転載 図2は人口100万人当たりの1日に死亡者数を示したものですが、香港と韓国では死亡者数も増加しており、特に香港では驚異的な新規死亡者数を記録しています。人口100万人当たりの1日の死亡者数が、香港では2022年3月15日に38例、韓国では3月27日に7例となっています。香港のこの死亡者数は、2020年からのCOVID-19の全流行期間を通して世界最高と考えられており、わが国の総人口に換算すると1日に4800例死亡したことになります。これらの結果はもちろんオミクロン株の流行による死亡率です。 わが国では,“オミクロン株によるCOVID-19の症状は,デルタ株に比べて軽症”という考えが定説となっています。しかし本当にオミクロン株は軽症ですむか、については世界では疑問がもたれています。ワクチン接種率が向上し、加えて自然感染による免疫保持者が増加したため、重症化防止効果が出ているので、患者数増加に比べて重症者数が少なく、軽症化したように見える、という意見もあります。どちらかというと最近では,“オミクロン株は軽症”という説は否定的となっています。その根拠は、香港でオミクロン株が大流行を起こし、ワクチン接種を受けていない高齢者が多数死亡したことにあります。この香港での死亡率は、2020年からのCOVID-19の全流行期間を通して、欧米諸国のピークをはるかに上回るものでした。結論として、免疫のない状態で感染すれば、オミクロン株でもデルタ株と同様に重い症状を呈すると考えられているのです1)。 確かにウイルスは弱毒化の方向に進む場合もあります。しかし、それは、ワクチンや治療薬、隔離措置など、人為的な介入があったときに限る、と考えられています。つまり、人為的に強毒株が抑え込まれることにより、弱毒株が残り、宿主と共存していくという場合です2)。新型コロナウイルスでは、デルタ株が弱毒化してオミクロン株になったというわけではありません。2回のワクチン接種により、デルタ株がある程度抑制されてきたところに、アフリカ大陸からオミクロン株が出現してきました。2回のワクチン接種ではオミクロン株への有効性が低いので、瞬く間に全世界へ広がっていきました。また,オミクロン株はどちらかというとアルファ株やベータ株に近い変異株で、デルタ株は遠い親戚に当たるそうです。新型コロナウイルスに対するワクチンがなければ,デルタ株の感染は拡大し、オミクロン株が入る余地はなかった可能性がある、ということです。また,デルタ株が弱毒化してオミクロン株になったのではない,ということです。オミクロン株の致死率はデルタ株の半分くらいになっていますが,弱毒化と言えるほど致死率は低くありません2)。それでは弱毒化したと考えられるウイルスはどのように出現してきたのでしょうか?それは選択の結果でしかないそうです。ウイルスゲノムは多様性を示しており、ある確率で変異も起こします。その中で、弱毒化して宿主に適応できた変異株が選択されてくるのです2)。 水谷は2)「弱毒化は短期間に起こらない」と考えています。ウイルスの弱毒化は、おそらく数万年、数百万年単位で起こるのではないかと述べています。しかしこれはワクチンなどの人為的介入がない場合の話で、ワクチン接種や治療薬の投与が進むと選択スピードが上がるので、弱毒化は加速すると水谷は考えています。 一方,ワクチンがなくても、数百年で弱毒化するウイルスもあるかもしれません。たとえば、現在では一般的な、風邪の原因になるコロナウイルスOC43は、1890年頃に強毒ウイルスとして出現し、数十年かけて弱毒化したという説もあります2)。 文献1)より転載 今までに多くの患者が発生した欧米諸国では、2022年4月1日時点で、人口100万人当たりの累計患者数の全人口における割合は、フランス38%、英国31%、米国24%などと、高率であることが解ります。一方、オミクロン株出現前まで患者数を抑えてきた韓国、香港では、2021年12月時点での累計患者数は人口の0.2~4.8%とかなり低率でしたが、オミクロン株出現後は,感染者の割合は急速に増加し、韓国は27%と米国を追い越し、香港も15%と大幅に増加し、欧米諸国と大差がないほどになりました。 韓国、香港での、最近のオミクロン株による驚くべき流行拡大は、ウイルスの感染力が強いということがある一方、ワクチンの発病防止効果が低く効果が持続しないことも原因にあると言われています。 図4ファイザー社のワクチン( BNT162b2)2回接種後の発病防止効果と同ワクチン3回目接種後とモデルナ社のワクチン(mRNA-1273)の3回目ワクチン接種後の感染防止効果 文献3)より転載 図4に示すとおり、オミクロン株はデルタ株に比較してワクチンによる発病予防効果が低く、ファイザー社のワクチンの3回目接種をしても10週後には大きく低下することが解ります。菅谷らは不顕性感染も考慮すると、日本ではワクチンによるオミクロン株感染・発病防止効果は、現在ほとんどなく、日本は危険な状況にあると述べています3)。 以上の事実をふまえて考えてみると、日本ではワクチンの効果がかなり低下しているところであり、重症化しやすい人が麻疹なみの感染力をもつオミクロン株に感染すると死亡者が増加する可能性があり、4回目のワクチン接種を急ぐ必要があります。 令和4年6月24日菊池中央病院 中川 義久 参考文献:1)菅谷 憲夫:]「オミクロン株は軽症」は誤り―“世界の優等生”諸国ではオミクロン株が大流行 . 日本医事新報 2022 ; 5114 ; pp 32 .2)水谷 哲也:ウイルスは宿主を殺さず弱毒化する」説の根拠は? . 日本医事新報 2022 ; 5114 ; pp 56 .3)菅谷 憲夫:SARS-CoV-2オミクロン株に対するワクチン効果─日本では免疫が消失,ブースター接種により感染爆発を防ぐべき . 日本医事新報 2022 ; 5100 ; pp 28 .

熊本県内でカンピロバクター腸炎が急増 鶏肉などに含まれる「カンピロバクター」を原因とする食中毒が熊本県内で増えています。昨年は過去10年間で最多の8件。今年も6月末時点で既に5件が発生しており最多ペースで推移しています。市保健所によると件数増の原因は不明と言っていますが、コロナ感染が減少して外食の機会が増えたことも要因の一つでしょう。 2022年7月7日熊本日日新聞より転載 カンピロバクター腸炎は細菌性下痢症では原因として一番多く、症状は他の腸炎より腹痛が強く、下痢の回数も多い傾向があります。カンピロバクターは鶏や牛、豚などの腸管内に生息し、汚染された食肉や臓器、飲料水などを摂取することにより感染します。非常に少ない菌量(100 個)で発症することが特徴です。原因食品としては鶏肉が多く、鶏肉をしっかり加熱することにより感染のリスクを70%減らせることが可能です。特に輸入鶏肉のカンピロバクター汚染率に比べて国産鶏肉の汚染率は高く、80~100%にのぼると報告されています。カンピロバクターは乾燥や大気中の酸素に弱く、通常なら保存中に菌量は少なくなっていくので、一番あぶないのは新鮮な鶏肉です。つまり、国産の新鮮鶏肉のレバーのレア焼きの焼き鳥にはまずカンピロバクターがいると思って間違いありません1)。輸入鶏肉が国産鶏肉より保菌率が低いのは冷凍保存の影響で、冷凍・解凍でカンピロバクターが死滅するからです。しかし鶏肉には同時にサルモネラ菌(47.3%)も存在し、サルモネラ菌は冷凍などの保存に強く、また保存状態がわるいと増殖するために別の注意が必要です1)。またいわゆる地鶏は鶏を放し飼いにすると肉が引き締まるといって珍重されますが、鶏は食糞の習慣があり瞬く間にカンピロバクターが蔓延するそうです2)。現在カンピロバクター食中毒撲滅にむけて努力はされていますが鶏肉を生食するなどはもってのほかで、焼き鳥をよく焼かない限りカンピロバクター腸炎はなくならないと思われます。熊本や鹿児島では鳥刺しやたたきを食する習慣がありますが、これを店が提供することは法律違反ではありません。食品衛生法で牛レバーと豚の肉・レバーを生食用に提供することが禁止されています。それは感染すると死に至ることもある腸管出血性大腸菌やE型肝炎ウイルスに汚染する可能性があるからです。カンピロバクター腸炎に罹っても死に至ることはないのでまだ禁止されていないのでしょう。しかし、カンピロバクターによる年間感染者数を指標として人の健康に及ぼすリスクは、鶏肉を生食する人では、一人当たり年間平均感染回数が 3.42 回年・人、生食しない人では 0.364 回年・人、年間「感染者」の平均値が延べ約 1.5 億人と驚くべき数値が推定されています3)。それほど多くカンピロバクター感染症が蔓延しているのです。この感染症が気づかれにくい原因としてカンピロバクター腸炎は潜伏期間が長い(3~7 日)ため患者さんが原因食品を覚えておらず、医師が原因微生物を類推しにくいという背景があります3)。ちなみに鹿児島県の小売店で販売されていた生食用の鶏肉を検査してみると100 個/50 g以上の数値を示したは61検体中3検体(5%)のみでした。冷凍したりして対策をしたのでしょうが、やはり感染の危険があります4)。 カンピロバクター腸炎の症状は、大川らの報告では、下痢が 93%(128/138)、発熱が62%(86/138)、血便が 23%(32/138)、腹痛が 79%(109/138)、嘔気または嘔吐が 28%(39/138)となっています。その中の40例前後に大腸カメラが施行され、病変は終末回腸に31%(11/35)、回盲弁が 93%(37/40)、盲腸が 73%(29/40)と盲腸付近の病変が多く、肉眼的に潰瘍が0%(0/43)、びらんが 26%(11/43)、粘膜内出血と浮腫が 98%(42/43)が認められたと報告しています。他の検討でも回盲弁の潰瘍~びらんが特徴的(45%~95%)と報告されています。内視鏡的止血術を要した報告もあります6)。 カンピロバクター腸炎はマクロライド系抗生物質で治癒する病気ですが、たまに重篤な合併症が発生します。ギランバレー症候群(GBS )とフィッシャー症候群( FS )です7)。GBS はカンピロバクターに対する抗体が自分の神経まで攻撃してしまう自己免疫疾患で、カンピロバクター腸炎後1000人に 1 人ぐらいの確率で発症するのではないかと推測されています8)。GBS は従来、自然経過で改善する予後の良い病気と考えられていましたが、現在はあらゆる治療を尽くしても一定の確率で後遺症を残すことが解ってきました。最近の報告では GBS 発症後6ヶ月での独歩歩行困難が 18%、発症後1年の独歩歩行困難例が 16%、1年後に完全に筋力が回復するのは 61%、10年後歩行困難例 10%、そして1年以内の死亡 4.4%と報告されている重篤な疾患です。 カンピロバクター腸炎は抗生剤をのめばよくなるという簡単な感染症ではありません。GBSという恐ろしい合併症を考えると絶対におこしてはいけない感染症と考えています。 令和4年7月8日菊池中央病院中川 義久 参考文献:1)新鮮地鶏にご用心2)山本 茂貴ら:Campylobaofer食中毒の制御 . 日本食品微生物学会雑誌 2006 ; 23 ; 107– 108 .3)肉フェスで大勢の食中毒!犯人はやっぱり!4)柿内 梨那ら:鹿児島県内で市販される鳥刺しと加熱用鶏肉のカンピロバクター汚染状況 . 日本食品微生物学会雑誌 2019 ; 36 ; 165 – 168 .5)大川 清孝ら:カンピロバクター腸炎とサルモネラ腸炎の臨床像と内視鏡像の検討 . 日本消化器内視鏡学会雑誌 2018 ; 60 ; 981 – 990 .6)松原 大ら:内視鏡的止血術を要したCampylobacter 腸炎の一例 . Progress of Digestive Endoscopy 2020 ; 96 ; 179 – 180 .7)海田 賢一:Guillain-Barre 症候群の予後因子 . 臨床神経学 2013 ; 53 ; 1315 – 1318 .8)桑原 聡 : 免疫性末梢神経障害の病態と治療 . Guillain – Barre症候群を中心に .日本内科学会誌 . 2010 : 99 : 305 – 309 .

小児滲出性中耳炎診療ガイドライン 2022 年度版 ~改訂のポイント

【新型コロナウイルス陽性者の発生について】 謹啓 猛暑の候、皆様におかれましては益々ご清祥のこととお慶び申し上げます。平素より当院の運営に関しまして格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。 この度、7月13日時点で、入院患者様数7名と当院の病棟職員8名が新型コロナウイルス感染症に感染していることが判明いたしました。管轄の保健所にも相談の上、現在も当該病棟の全ての入院患者様及び職員に検査を実施しておりますので、さらに陽性者数が確認される可能性もあります。つきましては、当面の間、当該病棟への新規の入院患者様の受け入れを停止させていただきます。なお、看護スタッフの人員体制に支障をきたしているため、外来診療につきましては一部制限を行っております。皆様にはご心配とご迷惑をお掛けいたしますが、これからも地域の皆様に安心して当院を受診して頂けますよう、早期収束に向けて職員一丸となり感染拡大防止に取り組んで参りますので、皆様には何卒ご理解とご協力を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。 謹白 令和4年7月14日 医療法人信岡会 菊池中央病院理事長・院長 中川義久

子宮頸がんワクチン 積極的接種呼びかけの再開めぐる議論開始 接種の積極的な呼びかけが8年以上中止されている子宮頸がんワクチン(以下HPVワクチン)。厚生労働省の専門家部会が呼びかけを再開するかどうか議論を始めました。子宮頸がんは年間約1万人が罹患し、約2,800人が死亡しており、患者数・死亡者数とも近年漸増傾向にあります。特に、他の年齢層に比較して50歳未満の若い世代での罹患の増加が問題となっています。 子宮頸がんの95%以上は、ヒトパピローマウイルス(HPV)というウイルスの感染が原因です。子宮頸部に感染するHPVの感染経路は、性的接触と考えられます。HPVはごくありふれたウイルスで、性交渉の経験がある女性のうち50%~80%は、HPVに感染していると推計されています。性交渉を経験する年頃になれば、男女を問わず、多くの人々がHPVに感染します。そして、そのうち一部の女性が将来高度前がん病変や子宮頸がんを発症することになります。 この発がん性ウイルスの感染予防目的にHPVワクチンが開発されました。2006年に4価のガーダシル、2価のサーバリックスが海外で発売され、本邦では2010年に承認され任意接種の時期を経て2013年4月から国の予防接種法の改正に伴い、性交を経験する前の、小学6年から高校1年生を対象にHPVワクチンの無料定期接種が開始されました。その前後からワクチン接種をうけた女児が奇異な症状に悩まされている実情が報道されるようになりました。手足の疼痛、震えで歩けなくなったり、不登校になったり、四肢を奇異に動かす姿がテレビで繰り返し報道され複合性局所疼痛症候群( CRPS )という言葉がクローズアップされました。これは自律神経障害を伴う慢性疼痛の1種と理解されています。 2013年6月の時点で全国の医療機関から厚生労働省へ副反応として報告された事例は1196例、このうち重篤と判断されたのは106例でした。この間のワクチン接種回数は865万回であり、副反応の発生率は0.01%と決して高いわけではなかったが、報道の過熱ぶりも加わって、これは社会問題化されました。そこで厚生労働省は研究会を設置し、症例を検討しました。その結果、これは看過できないものとして2013年6月にHPVワクチンの積極的な接種勧奨の差し控えを発表しました。以来、8年以上にわたってこの状態が続いているのです1)。積極的に接種を勧める取り組みはしないが、接種を希望する方は定期接種として接種を受けることが可能な状態です。接種の呼びかけを再開するかどうかは判断せず、定期接種になる前に70%以上あった接種率は1%を下回りました。最近の論文ではこのまま子宮頸がんワクチン接種率低下が続くと1994―2004年生まれの女性のうち約2500人が子宮頸がんになり、そのうち500人が亡くなると予想されています2)。 今回の議論の焦点は、接種後に報告された奇怪な症状と、ワクチン接種との因果関係はどうか?ということです。 2017年11月の厚生労働省副作用検討部会の検討では多様な症状とワクチン接種との関連性は否定されており、また報告された多様な症状を呈する人はワクチンを接種しなくても一定数存在し、12~18歳女子では10万人あたり20.4人存在すると報告しました3)。 WHOの検討ではHPVワクチンは世界130ヵ国以上で接種され、特有な副作用は否定されており、各国で接種プログラムに組み込むように繰り返し提唱しています3)。なお、海外ではすでに9つの型のHPVの感染を予防し、90%以上の子宮頸がんを予防すると推定されている9価HPVワクチンが公費接種されており、日本では2020年7月21日に、厚生労働省より製造販売が承認されました3)。以上のように接種勧奨の中止にいたった多様な副作用は現状では否定されています。ワクチンの副作用とされた多様な症状を訴える患者さんからの髄液検査では中枢神経の自己免疫反応の関与が明らかになっていますが、ワクチンとの関連は証明できておりません4)。 以上のようなこれまでの科学的証明により多種の症状とワクチンの関連性は否定され、ワクチン接種の勧奨は再開されるものと思われます。 しかし、それに反対する人たちがいるのもまた事実です。ワクチン有害説を唱える人たちがいるのです。ワクチン有害説とは,「ワクチン接種はヒトにとって有害である」という基本的な考えのもと、社会および個人に対してワクチン接種の危険性を訴える主張の総称です。アンチワクチンや反ワクチンとも呼ばれ、世界的に運動が展開されています5)。彼らの論点は A: ワクチンを接種するよりも,感染症に自然罹患したほうがよい B: ワクチン接種によって深刻な副反応が引き起こされる(自閉症など) C:ワクチンの効果を実感できない D: 医師や製薬会社の陰謀によって,本来必要のないワクチンを打たされる。です。 しかし、HPVワクチンに関してABC はいずれも数学的確率で証明されたもので、Dに関しては透明性のある議論と科学で立証され、否定できるものです5)。このような非科学的なワクチン有害説は歴史的には150 年前に種痘予防が本格化したころから既に始まっており、このような運動の基本的な動機は「社会に強制されてワクチンを打たされている」という認識に対する拒否感からくるものとされています5)。 ワクチン有害説の人たち以外にもワクチンに反対する人達が存在します。 HPV ワクチン接種後に多くの症状を訴えた人たちはワクチン推進派の人たちから、詐病扱や精神病扱いされてひどく傷つくことになったのです。さらに、予防接種法の改正により、本来受けられるべき補償も受けられずに係争となっているのです6)。 ノーベル経済学賞を受賞した Daniel Kahneman によると、「人々は病気に自然罹患して死ぬよりも、ワクチンの副反応によって死ぬことを恐れる傾向がある」と述べています。HPVワクチンの接種勧奨はおそらく再開されるでしょうが、丁寧な説明と被害者救済が不可欠でしょう。 令和3年11月12日菊池中央病院 中川 義久 参考文献1)木下 朋美:子宮頸がんワクチンの副反応と神経障害. 信州医誌. 2016 ; 64 ; 103 – 111 . 2)笹川 寿之:若年者のHPV感染とワクチン普及の必要性 . 日本感染症学会 東日本学術集会抄録2021 ; pp 74 . 3)尾内 一信:我が国におけるヒトパピローマウイルスワクチンの現状 . ファルマシア 2019 ; 55 ; 1039 – 1043 . 4)高橋 幸利ら:ヒトパピローマウイルス(子宮頸がん)ワクチン接種後にみられる中枢神経系関連症状 . 日本内科学会雑誌 2017 ; 106 ; 1591 – 1597 .5)山本 輝太郎ら:ワクチン有害説を科学的に評価する . フォルマシア 2019 ; 55 ; 1024 – 1028 .6)種田博之:HPV ワクチン接種後の有害事象/健康被害をめぐる係争―スティグマの視点よりー . 関西学院大学 先端社会研究所紀要 2021 ; 18 ; 1 – 16 .

※耳管機能不全があり、左右の耳が開放症と狭窄症の両方になっている ..

【新型コロナウイルス陽性者の発生について(最終報)】 7月13日に当院の入院患者様と職員合わせて15名の新型コロナウイルス感染症への感染が確認されたことに関する最終的なお知らせです。8月1日をもって、当該病棟の全ての感染者の療養期間が終了し、新たな感染者の発生も認められておりません。皆様には多大なご心配とご迷惑をお掛けいたしましたが、引き続き管轄の保健所の指導に基づき、職員一同、全力で感染対策に取り組んで参ります。今後ともご理解とご協力のほど、よろしくお願い申し上げます。 令和4年8月3日医療法人信岡会 菊池中央病院理事長・院長 中川義久

抗補体薬と感染症 補体は今から120年前に抗体と協働して細菌の溶菌に関与するタンパク質として発見されました。人の血清タンパク質の5%を占めており、30種類余りの血清及び細胞膜タンパク質から形成されております。補体は侵入した微生物等の異物によって活性化され、その排除に働きます。補体には大きく分けて活性化に関与する分子群と過剰な活性化を制御する分子群が存在し、互いに協調して生体防御に働いています。 補体の活性化にはステップ1~3の3段階があります。最初のステップは補体の起動です。古典経路、レクチン経路ならびに第2経路の3つの独立した経路が関与します。古典経路は抗体、レクチン経路はMBL(mannose-binding lectin)等のレクチンで活性化されます。第2経路は抗体等を介さずに直接異物の表面で活性化されます。この3つの経路の活性化は全てステップ2に集約されます。補体C3の活性化とそれに引き続くC5の活性化です。これら活性化はステップ3で3つの効果として帰結します。1つ目は異物のオプソニン化と貪食細胞による貪食、2つ目は白血球の動員とアナフィラトキシン作用、そして、3つ目は膜侵襲複合体(membrane attack complex:MAC)形成による標的の破壊です。オプソニン化と貪食は補体C3活性化が主として関わり、残りの2つは主にC5活性化によります。この3ステップ全てに複数の補体制御因子が働いて過剰な活性化を抑制しています1)。 補体活性化経路(文献1より参照) 日常診療では通常、補体の検査は補体価(CH50)とC3、C4タンパク質濃度を測定します。これらの検査値は低下している場合には診断的な意味があり、増加は炎症による非特異的な補体産生亢進を示しているのみです。 補体は生体防御に必須のシステムの1つであり、それに関わる分子の異常がさまざまな疾患を惹き起こすことは古くから知られてきました。その代表は、補体の活性化に関わる分子の先天的な欠損症です。莢膜を持つ細菌排除に補体が重要な働きをするため、髄膜炎菌や肺炎球菌等の細菌感染症を起こしやすくなります。さらに、近年、補体の不適切な活性化のために起こる疾患がわかってきて、さらにその遺伝子診断が可能になってきました2)。補体関連疾患として下記のものが解ってきました これらの疾患は補体欠損症を除いて異常な補体の活性化により引き起こされる疾患で、この異常な活性化を抑制する創薬が行われてきました。補体の中のC5は抗補体薬の良い標的となりました。C5が補体活性化の全ての経路に共通の分子であるため、C5を標的にすれば効率良く阻害できるためです。そこで開発されたのがエクリズマブ(ソリリスⓇ)です。本薬は補体C5を標的としたモノクローナル抗体で、大事なポイントは、本薬がC5の上流のC3活性化までのステップは抑制しないことで、補体活性化の結果得られる3つの大きな効果のうち、C3活性化によるオプソニン化、貪食は温存し、C5の活性化で得られる白血球走化作用、アナフィラトキシン作用ならびにMAC形成のみを抑制します。つまりエクリズマブは補体の免疫作用を一部保持しながら補体を阻害することができるのです3)。2週間に1回の点滴静注です。しかし、MAC形成を障害することからC5以降の先天性補体欠損症と同じ状態になり得えます。ということは莢膜を有する細菌に感染しやすくなる可能性があります。一般的に補体カスケードの前半の分子(C1~C4)の欠損症は常染色体劣性の自己免疫疾患を発症し、後半の分子(C5~C9)の欠損ではナイセリア属(淋菌、髄膜炎菌)易感染性が問題になります。ちなみにC2やC3の欠損症では肺炎球菌やインフルエンザ菌に対して易感染性を示すことが知られています。エクリズマブの投与は髄膜炎菌感染症の発生率を1000~2000倍増加させることが知られています4)。実際に本邦でも髄膜炎菌感染症を発症した報告もあるため,関連学会から注意喚起が出されています5)6)。エクリズマブ投与にあたっては、緊急な治療を要する場合を除き、投与開始前少なくとも2週前までに髄膜炎菌ワクチンの接種が必要です。本邦でもメナクトラが接種可能です。髄膜炎菌ワクチンは渡航ワクチンで使用する場合は1回の筋注で良いのですが、エクリズマブ投与前の接種は、8週間の間隔をあけて2~3回の投与が推奨されており、また、エクリズマブを継続投与する場合は2~3年ごとに追加接種が推奨されます。また、髄膜炎菌ワクチンを接種してもなお髄膜炎菌感染症を完全に予防できないことも記載されています7)。本邦で使用可能なメナクトラはB型の血清型を含んでおらず、海外ではB型のワクチンも併用していますが本邦では、使用できません。しかし本邦ではB型の髄膜炎感染症は稀だとされています。 小児においては肺炎球菌,インフルエンザ菌b型(Haemophilus influenzae type b:Hib)の未接種の場合にはワクチンを接種が必要です。 今後、遺伝子検査の発展とともに補体関連疾患の拡大が予想され、さらに抗補体薬の開発も進んでいます。承認申請中の薬剤には内服薬もあり(アバコバン)、抗補体薬と感染症はプライマリケア医も知っておく必要があります。 令和4年9月28日菊池中央病院 中川 義久 参考文献: 1)堀内 孝彦:内科医が知っておきたい補体関連疾患 . 日内会誌 2020 ; 109 ; 1925 – 1931 .2)堀内 孝彦:よみがえる補体学~補体関連疾患の新展開~臨床リウマチ 2021 ; 33 ; 85 – 91 .3)小林 ひとみら:抗C5抗体療法 . 日大医誌 2017 ; 28 ; 28 – 30 .4)亀井 聡:抗補体薬と感染症 . 神経治療 2020 ; 37 ; s109 .5)谷口 優香ら:エクリズマブ加療中に発症した Neisseria gonorrhoeae による菌血症の 1 症例 . 感染症誌 2021 ; 95 ; 367 – 371 . 6)安田 健一ら:エクリズマブ使用中に生じた播種性淋菌感染症の1例 . 感染症誌 2021 ; 95 ; 348 – 351 .7)Managing the Risk of Meningococcal Disease among Patients Who Receive Complement Inhibitor Therapy . CDC


成人の滲出性中耳炎に対するトシル酸スプラタストとクラリスロマイシンとの併用療法.

自宅風呂でも起こりうるレジオネラ肺炎 ここ数日、老舗温泉旅館がお湯の入れ替えや掃除を怠って多量のレジオネラ菌が検出されたという報道がながれています。 レジオネラ属菌は本来土壌などの自然環境中の細菌で少なくとも46の種と、70の血清型が知られています。人への病原性は15の血清型が知られています。通性細胞内寄生性菌で、冷却塔、給湯系、渦流浴などの人工環境にアメーバを宿主として増殖しています。この生活様式が衛生学上、レジオネラを除去しにくいことに関わっています。これらの自由生活アメーバは浴槽などの表面に形成されるバイオフィルムに付着して生活していることが多いため、循環式のろ過処理設備から逃れて増殖可能です。またレジオネラ自身、単独でもバイオフィルムの形成が可能です。またバイオフィルムの存在と、アメーバの細胞内に寄生していることによって、レジオネラに対して消毒薬が直接到達しにくいため、消毒薬の効果が妨げられます。さらに自由生活アメーバの中には、生育環境が悪化するとシストと呼ばれる、耐久型の構造を形成するものがあり、この状態では熱や消毒薬に対する抵抗性が増加するため、内部のレジオネラが保護される形になって完全な除菌が難しくなるという問題もまた生じてきます。バイオフィルムは水のある所にすべて存在します1)。 お風呂の毛髪除去フィルターのヌルヌルがバイオフィルムです(文献1)より転載)。 レジオネラは環境中に普通に存在する菌であり、通常では感染症を引き起こすことはありません。風呂に入ったり、手を洗うぐらいでは感染しません。レジオネラは溺水やシャワーなどのミストに含まれ浮遊してヒトに吸引されて感染し、肺胞マクロファージで増殖し肺炎を発症します。欧米では噴水の原因が多く、日本では入浴施設が多いといわれています。感染のリスク要因は高年齢、喫煙歴、慢性閉塞性肺疾患、低免疫機能があげられています。日本では肺炎の原因の約1%がレジオネラが原因と考えられています2)。 国立感染症研究所ホームページより転載 図は2011年から2021年までの本邦でのレジオネラ肺炎の診断数ですが少しずつ増加していることが解ります。増加の原因は感染症が増えたというより、尿中抗原検査の精度が上昇したことで診断できる数が増えたものと思われます。従来のレジオネラ・ニューモフィラの尿中抗原診断キットは血清型1型のみでしたが、2018年2月に全血清型を測定できる診断キットに変更され、海外・本邦ともに約 96%が尿中抗原検査によって診断されています3)。感度 86%,特異度 99% と報告されています4)。ところで尿中抗原は血中よりも抗原の濃度が濃くなるため測定可能となりますが、血清5)やBAL6)でも測定可能とする報告もあります。無尿である透析患者の血清を用いて通常より長い時間の反応時間で診断しえたというものです。尿の採取が困難なかたには試みる価値はあるでしょう。また、尿中レジオネラ抗原検査においても、判定時間が長くなるほど感度は上昇しますが偽陽性は増えないとの報告もあり、疑わしい症例は 15 分の判定時間を超えて観察することも試みたいところです。 国立感染症研究所ホームページより転載 本邦で診断された患者の年齢と性別分布です。60台に多く、圧倒的に男性が多く、その理由は不明です。 日本でのレジオネラ感染の感染場所は温泉施設が圧倒的に多いと思われがちですが、本邦で報告されているレジオネラ肺炎の感染原因・感染経路は水系感染が 32.5%、塵埃感染が 5.7% ですがそれ以外は感染経路不明です7)。施設や公衆浴場などの集団感染でない限り原因の確定が困難で、単発例ではそのほとんどが原因不明です。つまり私たちの周囲にはいたるところにレジオネラ菌が存在し、感染の機会をうかがっているものと考えられ、少なくともレジオネラ肺炎の診断において病歴聴取が最も重要であると考えられます。温泉施設のみではなく、自宅の風呂でも循環式自宅風呂からのレジオネラ肺炎の報告は多く見られ8)、さらに非循環式自宅風呂からの報告もあります。普通の自宅風呂の誤嚥でもレジオネラ肺炎は起こりえるのです9)。 レジオネラ肺炎は早期診断、早期治療を可能にした尿中抗原による診断法の出現により、死亡率が10%未満に低下してきています2)がなお重篤な肺炎であることは変わりありません。 慢性閉塞性肺疾患や免疫不全などの感染危険因子持っている人は自宅の風呂釜の取水口や排水口のヌルヌルは綺麗に掃除する必要があるかもしれませんし、噴水のミストや乾燥したところで風に舞い上がる塵埃を吸入しないように注意しなければなりません。 令和5年3月3日菊池中央病院 中川 義久 参考文献

2-腰部脊柱管狭窄症に伴う下肢のしびれ、歩行能力の改善。 末梢循環 ..

マイコプラズマとプロカルシトニン(procalcitonin : PCT) PCT はアミノ酸 116 個よりなる分子量約 13kDaのペプチドで 、正常ではカルシトニンの前駆体として甲状腺 C 細胞で合成されます。しかし、細菌、寄生虫、真菌による重篤な感染症においては、その菌体や毒素などの作用により、TNF-αなどの炎症性サイトカインが産生され、その刺激を受けて肺・腎臓・肝臓・脂肪細胞・筋肉といった全身の臓器でPCT が産生され、血中に分泌されます。なぜ同じ感染症でも細菌感染では PCT が増加し、ウイルス感染で増加しにくいのかというと、ウイルス感染時に増加するインターフェロンγによって PCTの産生抑制が起こることがその理由の 1 つとして考えられています。血中に分泌された PCT は単球の遊走を惹起し、細菌の貪食能を高めます。また PCT の作用によって T リンパ球が活性化され、生体防御に向けた反応が促進されます。一方、非感染性の疾患、ウイルス感染、および全身症状を伴わない局所細菌感染では、血清 PCT 値が上昇したとしても軽度の範囲に留まります。このような特徴から、血清 PCT 測定は重症細菌感染症の鑑別に有用ではないかと注目を集めるようになりました。 感染からPCT上昇までの過程(文献1)より転載) なお細菌感染時の血中 PCT は、上述のごとくその多くが全身の各種臓器に由来していますが、白血球などの血球成分からはほとんど分泌されないことがわかっています。これによりステロイドや抗癌剤など白血球の機能に影響を与えやすい薬剤を使用している状況でも、細菌感染症の場合は血清 PCT 濃度の上昇は妨げられません。 感染発生後の各種炎症パラメーターの推移(文献1)より転載) PCT の動態については、炎症性サイトカインのピークには遅れますが、感染症発症後早期(約 3 時間後)より血中濃度が上昇し、CRP よりも早期の時点で立ち上がりが認められます。その後、半減期は約 22時間と長い時間持続します。 Simonらが行ったメタアナリシス解析の結果によると、感染性および非感染性疾患の鑑別において、PCT は感度・特異度ともに CRP に比較して有意に優れており、PCT 測定によって 92%と高い感度で細菌感染症とウイルス感染症の鑑別が可能であったと報告しています2)。 PCT は患者のおかれた状況によっては、偽陽性、偽陰性の問題が生じます。重症外傷などの高度侵襲時あるいは一部の疾患においては PCT 値が比較的高値になるため、場合によっては偽陽性の可能性もあります。一方、感染の急性期、軽症例や限局性の感染症などでは、PCT 値の上昇を認めないことがあるため、たとえ PCT が低値であったとしても細菌感染を容易に否定することはできません。 文献1)より転載 PCT は肺炎においてもその臨床的有用性が注目されています。肺炎診療では一般に、重症度判定を行うため pneumonia severity index(PSI)やA-DROPなどの重症度指標が用いられており,治療を進めていくにあたって重要な要素となります。市中肺炎(community-acquired pneumonia:CAP)患者では,PSI の重症度が高い患者群で PCT が高値となることが報告されており肺炎診療においても PCT が有用となる可能性が示されています。 さらに、肺炎の重症度指標は命予後の評価にも有用で PCT 値が PSI および CURB-65 と同程度に患者生命予を予測しうるという研究結果も報告されています。またPCT は抗菌薬治療の奏効を速やかに反映するマーカーでもあり、抗生剤の早期終了などの評価にも有効である事が報告されています。 軽症の肺炎の場合、PCTは高値になりにくく細菌性かマイコプラズマなどの非細菌性かを診断するのに苦慮することも少なくありません。そこでPCTとCRPと白血球数を比較して診断する報告がなされました4)。 文献4)より転載 市中肺炎患者568例、うちマイコプラズマ肺炎47例(8%)、肺炎球菌152例(27%)、インフルエンザまたはその他ウイルス性肺炎369例(65%)を検討してあります。 図AでCRPは肺炎球菌性肺炎>マイコプラスマ肺炎>ウイルス性肺炎の順で高値となります。図BでPCTは肺炎球菌性肺炎>ウイルス性肺炎>マイコプラスマ肺炎の順で高値となります。ここでCRP/PCTの比を取ると(図C)、マイコプラスマ肺炎>ウイルス性肺炎>肺炎球菌性肺炎となります。CRP/PCT>400(国内の単位では>40)のときがマイコプラスマ肺炎と診断できるとしています。オッズ比15.04(95%CI 5.23~43.26)で肺炎球菌とマイコプラスマ肺炎を区別でき、またオッズ比 5.55でウイルス感染とマイコプラスマ肺炎を区別できるそうです。ちなみにレジオネラ肺炎のCRP/PCTは肺炎球菌性肺炎とマイコプラズマ肺炎の中間にあり、レジオネラ肺炎の診断にも有用かもしれないと著者らは考察しています4)。 マイコプラズマ感染症の診断は難しい5)とされますがCRP/PCT比は迅速診断として有用な可能性があります。 令和5年4月4日 菊池中央病院 中川 義久 参考文献

〈適応症〉表在性皮膚感染症,深在性皮膚感染症,リンパ管・リンパ

日常的な土いじりは破傷風のリスクファクター 破傷風は土壌に存在する破傷風菌の侵入により引き起こされる感染症です。破傷風菌の産生する神経毒素により運動ニューロンの抑制シグナル伝達が阻害され、全身の筋緊張亢進をきたし、重篤化すると自律神経障害を引き起こす疾患です。破傷風症例のうち約 80%は人工呼吸管理を要するとされ、創処置、抗菌薬投与、鎮静管理など全身管理が必要となり、死亡率は 7~14%とされます。先進諸国においては高齢患者や薬物中毒患者にまれに見られる疾患で、米国では年間 30 症例前後、英国では 10 例前後であるのに対し、日本では年間 100 症例前後と多いことが知られています。2010 年から 2016 年の間に 499 例が報告されており、高齢者の予防接種が普及していないことが原因と推測されています1)。 臨床症状は3~21 日の潜伏期間を経て嚥下障害や開口障害などの局所症状で発症します。耳鼻咽喉科などを受診することが多く、顎関節症や蜂窩織炎などと診断され、発症初期に診断することは極めて難しいとされています。吉村ら1)は破傷風の初期症状である開口障害や嚥下障害の発症から破傷風診断に至るまでの期間は3日間から10日間を要しており、受診日から診断できた平均日数は 7.6 日であったと報抗告しています。また、梅本ら2)は初診医が破傷風と疑えたのは 11 例のうち 4 例のみであり、開口障害や頸部の筋緊張亢進など典型的な症状を呈していても外傷が軽微、またはない場合には見逃される傾向にあったと報告しています。破傷風菌は傷口から体内に侵入するときは芽胞の状態ですが、生体内で発芽、増殖して破傷風毒素(テタノスパン)を産生します。テタノスパンは神経毒素で血流によって身体各部の筋肉組織に運ばれ運動神経終板から取り込まれて運動神経を逆行性に脊髄に運ばれ、中枢神経の細胞に蓄積することにより筋痙攣が生じます。咬筋は運動終板から脳運動神経核への距離が最も短いため、初期に咬筋の強直性痙攣、つまり開口障害が起こると言われています3)。テタノスパンが交感神経節後神経に侵入すると血中のカテコールアミンが増加し自律神経が過緊張の状態になり、不安定な循環動態や突然の心停止を起こすことがあると言われています3)。破傷風の症状は第1期から第4期まで分類され、特に第 3 期は全身症状の出現により生命が最も危険な時期であり、第 1 期症状が発症してから第 3期症状が発症するまでの時間である onset time が 48時間以内である場合には予後が不良であるとされています2)。このことから破傷風は早期診断と早期治療が重要です。 破傷風の診断に特別なものはありません。症状からのみ診断されます。鑑別には症状の進行の速さと症状出現前の外傷歴の有無が重要です。一般的に破傷風による嚥下障害や開口障害は他の原因のものと比較して突然発症し急激に進行し、症状出現前に外傷歴があることも多いため、問診時にこれらのことを意識することが重要です。高齢者の急速に出現した嚥下障害や開口障害を診察した場合には、必ず破傷風の可能性を想起して外傷歴や生活歴を再確認し、迅速に対応する必要があります2)。しかし破傷風を発症した人のうち、外傷が同定されない例が 9~20%を占めるとされ診断の難しさを物語っています。しかし、破傷風により ICU 入室を要した 70 症例の後ろ向き研究 では、園芸時に受傷した傷がきっかけとなった割合が半数近くを占めており、「土いじり」という生活歴の暴露リスクの高さを示した報告があります。特に日常的な「土いじり」の生活歴は破傷風感染の危険性が高いため、外傷だけではなく「土いじり」も病歴聴取に組み込むことが重要です2)。 治療は抗破傷風ヒト免疫グロブリン、破傷風トキソイド、抗菌薬投与が行われますが破傷風毒素は運動ニューロンに不可逆的に結合するため、一度結合した毒素に対しては抗破傷風ヒト免疫グロブリンも抗菌薬も効果を示しません。早期に診断し治療介入を行うこと、創部の感染コントロールと適切な破傷風トキソイド、抗破傷風ヒト免疫グロブリンの投与をすることが重要です。抗生剤は本邦では主にペニシリンG 静注が用いられてきましたが、欧米では以前からメトロニダゾール( MNZ )静注(500mg×3~4/日,7~10 日間)が一般的であり、WHO も MNZ の使用を推奨しています4)。MNZ が好まれる理由に、PCG で治療したよりも死亡率が有意に低く、鎮静剤と筋弛緩剤の使用量が少なかったという報告があります。テタノスパンは中枢神経の神経終末に結合して,GABAの放出を抑制し、運動神経細胞の興奮性が高まり筋攣縮が誘発されます。ペニシリンGはGABA 受容体 antagonist でテタノスパンの 働きを強める可能性があります4)。また筋攣縮に対して筋弛緩薬や鎮静薬が必要になりますが、筋弛緩薬の副作用には筋萎縮や喀痰排出が困難になるなどの問題があり可能なかぎり投与量を最小限にする必要があります。そこで近年、硫酸マグネシウム5)や芍薬甘草湯6)を併用して良好な結果であった報告が散見されます。 予防は破傷風トキソイドワクチンのみです。1968年以前に生まれた人(現在53歳)はワクチン接種の既往がなく、免疫を有してないので要注意です。また最終接種より10年以上を経過すると効果が消失するので注意が必要です7)。 破傷風は感染症としては頻繁にある疾患ではありませんが、一旦発症すると現在でも死亡率が10%に達する重篤な疾患です。外傷歴の有無が診断のきっかけとなりますが、20%に外傷歴がないとも言われております。高齢者の急に出現した開口障害、嚥下障害を見たときは日常的な土いじりの生活歴を聴取することが診断のきっかけになるかもしれません。 令和5年5月11日菊池中央病院 中川 義久 参考文献